≪養老牛温泉の淵源≫


 養老牛温泉には、他の温泉地のような歓楽街はなく、春は花吹雪、夏は深緑、秋は紅葉、そして冬は深い雪と大自然の四季の中に湯煙をただよわす。
 養老牛温泉の《養老牛》とはアイヌ語のエ・ウォル(頭を水に突っ込んでいる)がなまったもので、標津川の中に大きな岩が突き刺さっていたので、名づけたとされています。【中標津町史 中標津町史編さん委員会より】
 
 養老牛温泉は、古くからアイヌの人たちが利用していましたが、大正9年に西村武重さんが温泉旅館「養老園」を開業しました。しかし、当時の利用者はほとんどいませんでした。昭和に入って、標津原野が開拓されるにしたがって、湯治客が増えるようになり、昭和4年に根室町の坂本与平さんが「第一旅館」を開業し、昭和5年に小山卯作さんが、「小山旅館」(現・ホテル養老牛)を開業しました。しかし、戦争が激しくなったため、昭和20年までに西村・坂本の各旅館が廃業しました。

 戦後は、小山旅館と第一旅館が営業を続けていました。昭和32年に、藤村敏一さんが「花山荘」を開業し、昭和40年には「養老牛青年の家」が設立され、前後して藤林テルさんが温泉旅館「藤屋」を開業しました。(現・旅館藤や)昭和47年に長谷川松美さんが、第一旅館を大一旅館(現・湯宿だいいち)と改めて開業しました。【養老牛栄光の70年より】
 
 現在、養老牛温泉には、ホテル養老牛・旅館藤や・湯宿だいいちの3つの宿があります。


088-2684
北海道標津郡中標津町
字養老牛519番地


Hotel_YOUROUSHI 2005_2011